林芙美子が見た大東亜戦争 ―『放浪記』の作家は、なぜ「南京大虐殺」を書かなかったのか本ダウンロード

林芙美子が見た大東亜戦争 ―『放浪記』の作家は、なぜ「南京大虐殺」を書かなかったのか

strong>本, 宮田 俊行

林芙美子が見た大東亜戦争 ―『放浪記』の作家は、なぜ「南京大虐殺」を書かなかったのか本ダウンロード
によって 宮田 俊行
4 5つ星のうち3 人の読者
ファイルサイズ : 18.94 MB
内容紹介 樺太・朝鮮・満州・中国・台湾・仏印・蘭印… 広漠たる大東亜共栄圏を旅した稀代の女流作家は 激戦の地で、いったい何を“見た"のか─ 「朝日新聞」「毎日新聞」の“従軍作家"となった林芙美子は、 母国の兵士たちと寝食を共にしながら、 過酷な戦地を駆けめぐった。 彼女が自分の目で確かめたかった“本当の戦争"とは何なのか。 残された貴重な記録をもとに、その足跡を辿る。 これは、“従軍作家"林芙美子による『大東亜戦争全記録』である─ 「林芙美子ほど“戦線"を広く踏破した作家はいないだろう。幸い、作家だから多くの記録を残している。 これは、宝の山が手つかずに目の前にあるようなものだ。なにしろ、彼女が当時書いたものは、後世の 『東京裁判史観』とは何ら関係のない『一次史料』だから、読むだけで面白い。 また、どんな戦争の概説書よりも、とっつきやすいし読みやすい。 それがそのまま、大東亜戦争とは何だったのかを知り、考える機会になる」 ──著者「はじめに」より 「四囲に誰もいないせいか、百二十里の道々眺めてきた戦争はどこへ行ってしまったのかとおもうほど静かな景色だった」 「来る道々、昨日まで馬や支那兵の死骸を見て来た眼には、全く幸福な景色である。立っている歩哨の兵隊さんも 生き生きしているし、街には避難民たちがバクチクを鳴らしている」 ─林芙美子「南京行」より 「従来、林芙美子研究者は、芙美子は虐殺に気づかなかったか、あるいは知っていて書かなかったと解釈し、 一連の南京従軍記を重要視してこなかった。つまり、南京大虐殺が『あった』という前提での解釈である。 しかし、南京大虐殺はなかったから書かなかった、ないものを書くはずがない、と考えることはできないのか」 ─本書より 〔目次〕 第1章台湾、中国、二六歳の旅 第2章ソ連大使に極秘書類を届ける 第3章恋人はリットン報告書スクープ記者 第4章コミュニストにソ連亡命を誘われる 第5章「内地」だった樺太 第6章侵略する欧米、非難されるのは日本 第7章南京に行くまで 第8章虐殺はなかったから書かなかった 第9章文芸銃後運動に打ち込む 第10章太鼓をならし笛を吹いたのは誰か 第11章七カ月にも及んだ南方従軍生活 第12章アッツ島「玉砕」で突然の沈黙 第13章苦労したのは慰安婦ではなく一般女性 第14章さよなら、マッカーサー (※より詳しい目次は、下欄のリンク「目次を見る」に掲載) 内容(「BOOK」データベースより) 「朝日新聞」「毎日新聞」の“従軍作家”となった林芙美子は、母国の兵士たちと寝食を共にしながら、過酷な戦地を駆けめぐった。彼女が自分の目で確かめたかった“本当の戦争”とは何なのか。残された貴重な記録をもとに、その足跡を辿る。 著者について 宮田俊行(みやた・としゆき) 昭和32(1957)年、鹿児島県鹿屋市生まれ。鹿児島市で育つ。 鹿児島県立鶴丸高校、早稲田大学法学部卒業。 現在まで40年続く早大『マイルストーン』創刊初期メンバー。 情報誌の『ぴあ』が伸びて月刊から隔週刊に移行する時期にアルバイトし、サブカル系の人たちに多数インタビューする。 南日本新聞(本社・鹿児島市)に26年余り勤め、枕崎支局長、奄美大島支社長、文化部デスクなど記者一筋。 社会部記者時代の昭和63年には、年間企画「火山と人間」取材班として日本新聞協会賞を受賞した。 早期退職後は、京都造形芸術大学通信教育部文芸コースを卒業して芸術学士を取得。 東京都新宿区立赤城生涯学習館長を1年務めた。 伝記『林芙美子「花のいのち」の謎』(平成17年、高城書房)、小説『「花のいのち」殺人事件』(平成23年、海鳥社)、 そしてノンフィクションの本作で“林芙美子三部作"を完結した。 福岡県小郡市在住。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 宮田/俊行 昭和32(1957)年、鹿児島県鹿屋市生まれ。鹿児島市で育つ。鹿児島県立鶴丸高校、早稲田大学法学部卒業。現在まで40年続く早大『マイルストーン』創刊初期メンバー。情報誌の『ぴあ』が伸びて月刊から隔週刊に移行する時期にアルバイトし、サブカル系の人たちに多数インタビューする。南日本新聞(本社・鹿児島市)に26年余り勤め、枕崎支局長、奄美大島支社長、文化部デスクなど記者一筋。社会部記者時代の昭和63年には、年間企画「火山と人間」取材班として日本新聞協会賞を受賞した。早期退職後は、京都造形芸術大学通信教育部文芸コースを卒業して芸術学士を取得。東京都新宿区立赤城生涯学習館長を1年務めた。福岡県小郡市在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
林芙美子が見た大東亜戦争 ―『放浪記』の作家は、なぜ「南京大虐殺」を書かなかったのかを読んだ後、読者のコメントの下に見つけるでしょう。 参考までにご検討ください。
本書の中に、GHQによって削除され、大きくバツ印の付いた初稿ゲラに残っている坂口安吾の一文が紹介されている。「私は戦争を最も呪う。だが、特攻隊を永遠に賛美する」私には、日本の為に命をかけてくれた日本軍の全ての人に向かって書かれていると思える。同時代を生きた全ての人に向かって書かれていると思える。戦後、途中で死のうとも、大切な日本に必死になって帰国しようとした日本人、食べる物もなく焼け野原だった日本に辿り着きながらも力尽き、病死や餓死した日本人。それでも痩せ衰えながらも帰国した日本人と日本で空襲や原爆にあいながらも生き残った日本人は、日本の復興のために必死で立ち上がり前を向いて働いてくれた。感謝しか感じない。著者は、「同じ日本人が否定し、貶める事があってはならない」そう書いている。坂口安吾の言いたい事もそれだったと思う。

Alondra Free eBooks Literature 7

Free Books : Download & Streaming : Ebooks And Texts @angel21love.therestaurant.jp

0コメント

  • 1000 / 1000