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田中千代 日本最初のデザイナー物語

strong>本, 西村 勝

によって 西村 勝
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内容(「MARC」データベースより)田中千代という名は日本の服飾界において、その輝かしい業績により不滅のものであり、「皇后のデザイナー」としてファッション界に品格を貫いた。今年88歳の米寿を迎える田中千代の半生を綴る。
以下は、田中千代 日本最初のデザイナー物語に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
ファッション業界の人は知っているのだと思いますが、一般の人は知らない人が多いのでは? 田中千代氏は1906年(明治39年)生まれ。外交官を父に持ち、お手伝いさんがいて、その後女学校に通うという典型的な裕福な家庭の娘でした。 外交官の娘と語学に堪能。外交官関係者からの縁談が多かったが、父が海外に赴任するごとに、母は父についていき千代は日本に取り残された。その経験から縁談に首を縦に振らない。心配した知人が、学者を紹介しました。 「これからは二人で一緒にいろいろな本を読み、絵を描きましょう」 戦前の男性にしては、極めて進歩的な人でした。18歳で、この男性と結婚をする。 19歳にして母となったが、勉強への意欲が捨てられる、6か月の長男を抱えて御茶ノ水文化学院に入学。息子の病気で1年で退学するが、今度は夫に三年間のフランス留学命令が下り、千代は同行する。後押ししてくれた夫の祖母が息子も預かってくれました。 夫のフランス留学同行、のはずだったが、向学心やまず、一時夫と別居してスイスの「流行と衣装の学校」で勉強します。 1931年(昭和6年)帰国。翌年からスイスでの勉強を生かして現在のカネボウの顧問となり、デザイナー活動を開始しました。 1950年(昭和25年)ニューヨークでファッションショーを開催。これが、日本人デザイナー初の海外のファッションショーであり、歴史にも記録されているそうです。 戦前に子供がいる女性が進学したり、留学したり、大変だったと思います。ましてや、間に戦争があったわけですから、ファッション業界の人として苦労しなかったわけはありません。 知名度がいまいちなのは、戦後皇室デザイナーになったり、学校法人の設立をして自らも教授となり洋裁教育に力を入れたため、一般のデザイナーの仕事だけをしていたのではなかったからですかね。 戦前の日本で、このような偉大な女性がいたことは、広く人に知られるべきであります。 尊敬します。

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